86歳、やっとひとり ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし ~

「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。

#58 クエスト!



「そういえば掃除機どう?中袋替えてみた?」


N県のホームで暮らす母とのシューイチ電話。先週「最近ちっとも吸ってくれないけど、新しい掃除機買った方がいいかしら?」と言っていた、その続きだ。


「そうそう、それなんだけど!」
母、にわかにテンション上がる。


「ミウちゃんから、『新しい掃除機買うより、スタッフさんにお掃除お願いしちゃった方がいいよ』て言われたのよ。それでさっそく予約しちゃった!」


早―っ!
話のはやさと、その嬉しそうな口ぶりに私はちょっと驚いてしまった。


母の掃除機問題を妹ミウちゃんに話したのはついこの間だし、「頼んじゃえば?」の案もその場で聞いていた。ただ、スタッフさんを煩わせることを躊躇いがちな母のこと、すんなり乗って来るか私の中では「?」だった。


「ミウちゃんにそれ言われて思っちゃった。何となく一生自分で掃除機掛けてるようなつもりでいたけど、そのうち何も出来なくなるのよねー、だったら今から時々お願いしちゃえばいいって。発想の転換ネ。」
自分の頭の切り替えにちょっと自慢げな母に、私は「さすがママ!」「素晴らしい!」を連発した。


忙しいスタッフさんへの遠慮に加えて、母には入居者の中でも“心身健康エリート”の自負がある。「掃除もお風呂入るのも全部自分でやってる人なんて、私を入れて5、6人よ~。」とかちょっと鼻につく自慢も出始めているくらいで、それがケアサービスをお願いする上の足枷にならなければいいがと思っていた。それがこのリアクションだ。


自分の世話が出来なくなっていく代わりに、「人に頼む術」を身に着ける。それをどうやら「進歩」「アップグレード」と捉えているようですヨ、この人は…。恐れ入りました。


そういえば少し前、ホームにあるカラオケマシンの操作をおぼえた時も、
「88歳のおばあさんにだって、新しいことが出来たのよ!」と、大いに自慢げだったっけ。RPGで新しい武器を手に入れたり、次のステージに進むように、日々の衰えと引き換えに「力をつけて」いく母の”勇者ぶり”に敬服してしまった。


「老化=衰退」と誰が決めたのか?
失って得るものもあるし、得る楽しみを見つけるのはその人次第。
母の”リアル” ドラゴンクエストはまだまだ当分続きそうだし、これはなかなか目が離せない。


【ここまでの展開】


「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを温めていた母が、86歳と10か月、ついに東京に住む私と妹を残しN県に移住した。

予想外のコロナ禍の中、母はホームでの二年目を迎えた。

#57 「手作りがいい」だと?!


N県の高齢者ホームにいる母とは去年の10月以来会っていない。3回目の「緊急事態宣言」が出てしまうくらいだから、次に会えるのは母娘共コロナワクチン接種が終わってからになるだろう。


「別にいいわよ~。こっちはぜんぜん問題ないし、自粛生活にも慣れちゃったから。 …それより荷物届いたわよ!」


GW訪問できない穴埋めに、北山君からのミステリーの古本を10冊ほど送っておいたのだ。内容をスグ忘れてしまうのを幸いに、同じ本を2回も3回も楽しめる母のこと。これだけあれば梅雨入り前までの1クールはいけるだろう。


「さっきちょっと食べたけど、『柚子ジャム』がとっても美味しくて…。やっぱり手作りは違うわねー。」
オマケとして入れた自家製のジャムもお気に召したらしい。宅配ボックスの空きスペースに「手作りジャムやお菓子」、クッション材がわりの「スナック菓子」を詰めて送るようにしているのだが、この“趣味のオマケ編”が近頃なかなかウケが良く、こちらにとっては“贈る愉しみ”になっている。


それにしても、一体全体いつから母は「手作り尊い♥」の人になったというのだ!?
#42「梅仕事」の回にも書いたが、東京にいた頃は「めんどくさい」だの「買った方が安い!」だの、手作りを楽しんでいるこちらの気分を下げることしか言わなかったくせに、まったく「どのおクチが言う?!」だ。



リップサービスするタイプでは無いから「美味しい」も「ありがとう」も本心なのだろうが、あまりの掌返しに私も妹のミウちゃんも苦笑するしかない。娘の手作りに「ありがたみ」なんぞ感じてしまうのだから、“大丈夫”を繰り返す母もけっこう焼がまわったのだと思っている。


まあ喜んだ上にお料理センスを褒められればこちらも素直に嬉しい。臆面のないテノヒラ返しは私としては大歓迎だ。もともと我が家は「アッサリあとを引かない」家族だが、そこに「老人力」が加わり母のご都合ポテンシャルは年々パワーアップしているらしい。


「何でもすぐ忘れちゃうんだけど、最近思うのよ。“忘れる”っていいことよねー。」


忘れたいことがあるかどうかは知らないが、母はとりあえず毎日ハッピーのようだしそれが何より。「こだわらない、とらわれない、かたよらない」般若心経の心(?)で、これからもミステリーを2度3度繰り返し愉しむように、日々を味わって頂きたい。


【ここまでの展開】

「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを温めていた母が、86歳と10か月、ついに東京に住む私と妹を残しN県に移住した。
予想外のコロナ禍の中、母はホームでの二年目を迎えた。

#56 花より男子?


「ちょっと事件があったのよ…。」
母とのシューイチ電話、その日の声はいつもと少しちがっていた。


「お隣の部屋の人が、お風呂で亡くなったの。」
隣と言えば以前廊下でお見かけした元気そうな女性のはずだが、ご病気でもあったのか?母の説明によると、ホームの大浴場でお一人入浴中に意識を失くしたらしく、湯船に浮いてるのが後から入ってきた入居者の方に発見されたという。救急車で搬送されたが、二三日後に新聞の死亡欄にお名前が出たのを他の入居者の方から聞いたそうだ。事故かご病気によるものか詳細はともかく、ホームの皆さんはその件で少々ざわついているという。


「まあ、高齢者だしそういうこともあるでしょうね…。でもちょっとショッキング、特に発見者の方がお気の毒だよね。」
そう応える私に、母も「私は部屋のお風呂しか使わないけど、大浴場しばらくは皆さん使いにくいわよね。」と神妙だ。


ホームには私も羨ましくなるような感じの良い大浴場があるが、驚いたことにほとんどの方が自室のお風呂を利用、その半数近くは週に二回スタッフさんの介助を受けての入浴だという。大浴場に行くのは、健康に自信があるごく数人の方だけというから、亡くなられた方はかなりお元気なほうだったのだろう。


「ほんと、いつ何があるかわからないわよね。そろそろこっちも桜が咲くけど、来年のことなんて分からないし今年はちゃんとお花見しておこうと思って。」
とりあえず母は心身ともお元気なようでホッとした。


こちらに来て一年半ほどの間に5~6人の方が亡くなられているそうだが、ホームとしては入居者のお気持ちへの配慮だろう訃報のアナウンスは一切無いという。人が入っては消え、顔ぶれが替わってゆくのを季節のように静かに見送る、それが高齢者ホームという所なのだろう。


「そうよーママ、私だって毎年そう思って桜はしっかり見に行ってるもの。新宿御苑に行ってきたけど、今年の桜はほんとうに見事よ。絶対見ておいてネ。命のびるヨ!」
「こっちも見頃になったら、クルマお願いして○○園の桜を観に行ってくるわ。一人で行くならコロナもまだ安全だろうし、その方が気楽だから。」と勇ましい母。


ところが、それから二週間後の電話は「お花見行かれなくなっちゃった」と残念なご報告だった。この時期恒例の“血圧上昇”でドクターストップが掛かってしまったという。
「体調は全然いいのよ、でも先生がやめときなさいって。」
薬のおかげで幸い数字も下がってきているというが、まあここは大事にしておきなさいということだろう。「来年もあるから無理しなさんな。」神様がそう言ってくれていると信じよう。


「そういえば昨日ミウちゃんから、あなたたちのお花見の写真が届いたわよ。テレビの周りに全部並べて、部屋でお花見楽しませてもらってるから大丈夫。ありがとうね、桜ほんとうに見事。」 


と、ここでいきなり電話の声のテンションが跳ね上がる。
「…ところでだけど、北山さんてこんな立派な方だったのね~!!!????」
一緒に花見に行った私の男友達のことだ。


「”北山クン” ”北山クン”てあなた言うから全然ちがうイメージしてたわ。まあ、こんな立派な方からミステリー本戴いてたなんてビックリしちゃった!!」


私は心の中で小さくガッツポーズした。学生の頃のままクン付けで呼んでいるが、今では立派な壮年の紳士。母とは警察ミステリー小説の趣味が同じことから、読み終えた文庫本が溜まるとこちらに回してくれるありがたい存在だが、もちろん母と会ったことはない。


「皆で写真撮ってママに送ろうよ。北山さんのお顔も見せたいしネー。」妹のミウちゃんに促されて撮った八重桜満開の下の一枚。背が高くスマートで、年齢が行くにつれ男っぷりが上がってきた彼の写真を見たら母が喜ぶだろうとの彼女の狙いは的中した。「なんて立派な!☆〇□彡××☆〇〇□彡×」を電話の中で三度も四度も繰り返す母の血圧は確実に上がっていたはずで、私はちょっと笑ってしまった。(*後日ミウちゃんからも、同様の報告が。)


「喜んでいただけて何より。GW会いに行けそうもないし、また北山君のご本でも送ってあげるね。」
「ありがとう、よろしく💗」
古本とはいえイイ男から贈られたと思えば気持ちも上がる。桜の下の「りっぱな」お姿でも眺めながらミステリーを愉しんでもらえたら、これこそ命が延びるというものだ。


ホームに入ってから一年半が経ち、何も無さそうでいて、それなりに変化も事件もある母の毎日。人が死のうが、血圧が上がろうが、コロナ禍が続こうが、これからも母にはまわりに左右されること無く、しぶとく日々を楽しんでいて貰いたい。


【ここまでの展開】


「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを温めていた母が、86歳と10か月、ついに東京に住む私と妹を残しN県に移住した。

予想外のコロナ禍の中、母はホームでの二年目を迎えた。