#22 お引越し(その3)
【ここまでの展開】
「最期は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も見つかり、いよいよ母の”移住”が始まる。
やっと引越し「本番」のお話。
台風のピンチを乗り越え、我々は11月お引越し当日を迎えた。天気は快晴。「パパもそうだったけど、我が家はハレ家族よねー。」母のいつものセリフを合図に東京を出発した。高速の途中、土砂崩れでやられた「A峠」はまだ台風の爪痕を残している。復旧が間に合ってくれて本当に良かった。
初日は「移動日」ということで、宿泊するホテルへのチェックインやホームの部屋の確認程度にとどめて日程を終えた。
ホテル並びの居酒屋で、私たちは到着初日の夕食をとることに。店員の方の案内で席に向かっているその時だ、店内の階段一段ほどの”段差”で母が転倒した。先に席に着いていた私は、手足を伸ばした母が”ムササビの飛翔”のようにきれいにジャンプを決めて、そのまま絨毯敷きの床にパタっと落ちるのをコマ落としのように見ていた。
これには私と妹はもちろん、お店のスタッフも大慌てで母のもとに駆け寄った。彼女は一瞬驚いたようだが、あまりにもきれいに飛んだことで体のどこにも変な力が掛からなかったのだろう、「ああビックリした。でも大丈夫。」とか言いながら自分で立ち上がり、上着をハタいたりしている。「絨毯が続いてるから、段差が見えなかったのよ。」そうだ、それに気づかずエスコートしてあげなかったのが迂闊だった。
幸い母には特に問題もなく、気を取り直した私たちは、妹と私は生ビール、母は温かいウーロン茶で明日からの引越しに向け乾杯をした。「ママ、みごとなジャンプだったよー」
私たちは不安を振り払うように、ここは敢えて笑い話で盛り上がる。
それにしても、ここでケガでもしていたら引越しどころの騒ぎではない。私は友人マナカちゃんのお母様の「大腿骨骨折」の話を思い出してゾッとした。
「神様が気を付けろって、言ってるねー。」私たちはこのタイミングでの天からのアラートを感じ、それぞれに気を引き締めていた。「年寄りに明日はない。」次の瞬間なにが起こるかわからないし、それによって今日までとは全く違う明日が待っているかもしれないのだ。
「焼鳥が食べたいわ」
それにしても、こんなときも食欲の衰えない母には救われる。
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