86歳、やっとひとり ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし ~

「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。

#50 カラフル


「どうせ死にに行くんだから」


ホーム移住に「超」が付くほど前向きだった母にも関わらず、以前はそんな言葉で私や妹を悲しませるというか「イラっ」とさせることがあった。「冷や水」が来るのは母の“新生活”や“趣味の活動”、“新しい友人関係”に私や妹が期待を膨らませる時と決まっていた。


思うに、その頃の母が前向きだったのは自身の「始末をつける」ことであって、余生を「生きる」ことではなかったのだろう。もう「始めたり」「出会ったり」は沢山。後はひっそり死ぬだけ。そう言いたかったのだと思う。


11月にホームでの二年目を迎え、このところ母の気持ちに変化が起きているように感じる。


きっかけは「カラオケ」だ。
お誘いを受けて施設内のカラオケルームを利用して以来、マイクは握らないものの、好きな曲を聴きながら自由に唄う楽しみに目覚めてしまった母は、最近では“一人カラオケ”も楽しむ猛者だ。


マニュアルが無いとかで、最初は人に教わりながら”頑張り屋さん”の母は一生懸命操作をマスターした。スマホも電話機能しか使えず、タッチパネルの押し方にも四苦八苦していた母が、今やカラオケのキーの高さの調節も「あら、カンタンよ~」。最近ではメンドクサイとか言いながら、人に教えてあげたりもしているそうだ。


「数えで88のお婆さんにだって、新しいことが出来たのよ!」
今年「米寿」のお祝いを頂いた敬老の日、母の電話は自慢気だった。


「歌はいいわねー。カラオケした日はぐっすり眠れるから夜中に一度も起きないのよ。」
体調にもいいようで何より。


妹のミウちゃんが送ってあげた「歌本」でレパートリーを増やし、会話に登場するお友達の名前も増えてゆく。単調だった母の毎日がホームの環境の中でだんだん“カラフル”になっていくようだ。東京のマンションで妹の帰りを待ちながら一人で一日過ごしていたあの頃よりも、電話からこぼれる母の声は本当に明るい。


11月訪問の際、私は「布ぞうり」作りのテキストとネットで見つけた簡単な作業台を持参した。以前やってみたいとか言いながら結局腰が上がらなかった母の様子を覚えていたミウちゃんは、「ええ? それって、本人がやりたいって言ってるの??」


「なんか、やる気になってるみたい。刺繍が上手なお婆さんがコロナで部屋で籠ってると思ったら、バリバリ作品作っててびっくりしたとか言ってたから、刺激されたんじゃない?」


その後母からは、「始めるのにアレとコレが足りないから送ってもらえる?」とご依頼があった。ミウちゃんのところには材料の「古布」。私のところには細かいツール類のリクエスト。どうやらヤル気スイッチが入ったらしい。


「子供の頃、藁草履編んだりしてたから、やればすぐ思い出すわよ。指に力が入るか、それだけが心配だけど。」
「へー、指を使うなら“ボケ防止”にピッタリじゃない!」
「二人に布ぞうり編んで、お年玉にしてあげようと思ったけど、少し練習してからだから夏くらいになるかしらねー。」


来年の夏は母お手製の布ぞうりが私たちのルームシューズになるかもしれない。
「古い襦袢をほどこうかと思って…」
赤いカラフルなお草履が届くのが楽しみだ。


【ここまでの展開】

「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを温めていた母が、86歳と10か月、ついに東京に住む私と妹を残しN県に移住した。
予想外のコロナ禍の中、母はホームでの二年目を迎えた。