86歳、やっとひとり ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし ~

「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。

#7 先達の話


【ここまでの展開】

「最期は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母からついに号令が下った。2019GWに「ホーム見学ツアー」を決行すると言う。



見学するホームを決める前に、直近でお母様を老人ホームに入れた友人マナカちゃんに
話を聞くことにした。


一人っ子の彼女は、そろそろお母様と同居をと考え彼女の住む都内の街周辺に、二人用の物件を探し始めていたがお母様は何やかやと理由をつけて首を縦に振らない。ご主人と長く暮らした湘南の一軒家を離れたくなかったのだろう。


そうこうしているうちに、事故は起きてしまった。
高齢者によくある、転んだ拍子の「大腿骨骨折」。それでもなんとか退院~自宅リハビリ
と思う間もなくほどなくして二度目の骨折に。


「もう無理だ」


入院期間の限度が迫る中、マナカちゃんは獅子奮迅の勢いで老人ホーム探しに奔走した。一人っ子の彼女には、とやかく言う親族もいない代わりに協力者もいない。キャリアウーマンとしての激務の傍ら現地見学したホームの数、実に30軒。そんなクタクタの彼女を横目に、お母様はホーム行きを阻止しようと、あの手この手で娘の同情を買おうとしたという。


「子供返りしちゃってるみたい。
私憎らしくて、時々ぎゅーってツネっちゃうの。」
アニメ声のマナカちゃんの口からそんな言葉を聞くたびに私は可哀想でたまらなかった。



幸い東京近県に安心できそうなホームを見つけお母様を送ることができたのは何よりだった。それでもホームに向かうタクシーの中、都心から離れ寂しくなってゆく見慣れない町の景色にお母様は涙ぐんでいたという。
マナコちゃんもきっと、隣で涙していたことだろう。




長くなってしまったので、ヒアリングの話は次回に。

#6 岩よりも固く


【ここまでの展開】

「最期は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母からついに号令が下った。2019GWに「ホーム見学ツアー」を決行すると言う。


移住プロジェクトが動き出そうという時に母の妹で、老人ホーム行きの相棒「リュウコばちゃん」がスタックしてしまった。これまで、プロジェクトの「先鋒」として動いてきた彼女の失速が母にどう影響するか、正直気になった。


元々、実の妹が行くから自分も一緒にという了見は母には無い。ただ、結婚を機にN県の実家を出た彼女は生まれてから一度も家族と離れて暮らした経験がない。ぐずり始めた相方に気がそがれ「ちょっと様子を見ましょう」くらい言い出したとしても、不思議はない。


ところがそれらしい情報は母と同居している私の妹からも入って来ない。


週末母を訪ねると、事もなげにこう言った。
「向こうは、向こう。そんな事は関係なく、
こっちは自分のことをやるだけだから。」


恐るべし、天然ゲシュタルトな母。
その意思は岩よりも固かった。



「ゲシュタルトの祈り」
(フレデリック・S・パールズ /ドイツの精神科医)


「わたしはわたしの人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。

わたしはあなたの期待にこたえるために生きているのではないし、あなたもわたしの期待にこたえるために生きているのではない。

私は私。あなたはあなた。

もし縁があって、私たちが互いに出会えるならそれは素晴らしいこと。

しかし出会えないのであれば、それもまた善し。」

#5 番狂わせ


【ここまでの展開】

「最期は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母からついに号令が下った。2019GWに「ホーム見学ツアー」を決行すると言う。


「リュウコばちゃん」は母の三つ違いの妹で生涯独身。趣味も友人も多い、「おひとりさま」の大ベテランだ。ホームへの移住にも積極的で、紹介機関を通じて故郷N県の施設情報を集めてくれたのも彼女。「元気なうちに行って、ちょっとは向こうの生活も楽しまなきゃね」が口グセだった。


というわけで、ホームには「先発」で入ってもらい、場が温まったところでウチの母を送り込む。それが我が家にとってのまさに“理想的な展開”だった。


ところが「年寄りに明日はない」
今日の元気が、明日も続くとは限らないし、今できることが、次の瞬間どうなるかは
本人にもわからないのだ。


ここ数年、3、4か月に一度母のところに遊びに来てくれていたのが、“脚の痛み”を理由にご無沙汰になり、ホーム探しの話をしても“気持ちがそっちに行かない”と言い始めた。
少し気鬱になっているのか、頭ではわかっていても自分でもどうにもならないようだった。


「向こうに行っても何にもないし…」ついこの間まで、サ高住ライフをエンジョイすると
言っていた人の変わりよう。


もっとも、週に4日は近所のジムのお風呂に出掛け、
”ジム友”達とお喋りするのが楽しみな彼女のこと。話が具体的になるにつれ、今の生活を変えることに急に不安や寂しさを感じたとしても、不思議はない。