86歳、やっとひとり ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし ~

「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。

#40 ミステリー


3月に入るとコロナのニュースがいよいよ現実味を帯びてきた。


母のホームがあるN県は罹患者がまだ出ていないこともあり東京にいるより安心だが、「高齢者施設」を考えればやはり心配だ。


いつものようにシューイチの電話を掛けてみる。
「こっちは元気よー。それより毎日館内を消毒してまわっているスタッフさんが大変で気の毒になっちゃう。」
「”私たちいつ死んでも困らないんだけど~”って、まわりの人とは言ってるんだけどネ。」


オイオイ、そういうこと言うもんじゃありませんヨ。それこそスタッフさんに申し訳ない。


とりあえず元気そうで何よりだが、
「もー、毎日やることなくて退屈。」
「あんまりヒマだから、古いセーターほどいて毛糸玉にしちゃった。編むものもないんだけど。」
だそうだ。


施設のアクティビティがすべて中止になり、スーパーへの送迎サービスも一時休止。館内をウロウロする訳にもいかず、ひたすら自室にお籠もりなのは、まあ在宅勤務のこちらも似たようなものだけど。


電話を切った後、私はミステリー好きな母の為に図書館で「まとめ借り」することを思い立った。すぐに送って、近く母を訪ねる際にピックアップすれば返却期限にも間に合う。ホームへの訪問が禁止になったら、近所のコンビニから送り返して貰ってもいいだろう。


BOOK-OFFや貰い物でゲットした本を「寝食忘れて」読みふける程ミステリー好きな母の事を思うと、こちらまでちょっとワクワクした。
東野圭吾、今野敏、堂場瞬一…、お好みの作家の書架の前で新し目の本を探す。とりあえず5、6冊選ぶと、家に戻りいそいそと宅配便の準備をした。返却の件と「読み過ぎ注意! 夜更かし厳禁!」のメモをしっかり貼って。


届いたら電話くらいくれるかな?
いや、無いか。


母は妹にはよく電話をするようだが、私に掛けてくることは無い。
大した意味はないだろうから、私も気にしないことにしている。


結局いつものシューイチ電話の中でお礼の言葉を頂いたので問題はないが、その後私たちの訪問を待たず宅配便で本が送り返されてきたのはちょっと意外だった。


「ありがとうね!
返さないとと思うと気が気じゃなくて、すごい勢いで読んじゃった。
どれがどの話だか忘れちゃったわよ~。もう図書館の本はいいわ。」


まあいつもの調子の笑い話だが、自分の空回りにやっぱり残念な気分だった。


その後、貰い物の文庫本を1冊送ろうとした際も
「送料もったいないからいいわ。こっちにもBOOK-OFFあるみたいだし。」
と、固辞する。
理由が「図書館の本」でも「送料」でも無いのはアリアリだが、本当のところは何なんだろう?


もしかして「私」からだから…?
悪い回路に入りそうなので、考えるのをやめることにした。


その後、妹のミウちゃんに会った時に聞いてみた。
「この間送った図書館の本、なんと宅配便で送り返して来たよ。いいって言ったのに。」
「へー、コンビニから出したんだ。エライね~。よっぽどヒマなんで、やってみたかったんじゃない?」


「そのあと、貰い本送るって言ってもやたら断るんだけど、どうしてだろう? 何か聞いてる?」
「夢中で読み過ぎちゃうから、自分でも控えてるとは言ってたけど。」


「ウィルスが怖いのかなあ? 送った本も、読む前に拭きまくったとは言ってたけど…。
「あんまり気分じゃないのかもね。まあ、いいんじゃない?」


本の世界と違い、母のミステリーが解けることは無かった。そうして、”放っておいていいナゾ”として処理された。


喜ばれないことはヤめておく。
離れていて気持ちが読みにくい分、思い遣りもシンプルがいいのかもしれない。



【ここまでの展開】

「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も決まり、引越しを経ていよいよ母の”新生活”が始まった。