86歳、やっとひとり ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし ~

「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。

#46 カラオケデビュー!(その2)


母のホームのカラオケ施設はそれほど立派なものでは無いらしい。


「歌詞を見ながら一緒に歌えるのかと思ったら、大きい画面とか無いのよー。」


「『説明書』も『曲名の本』も無くって、入力する機械と小さい画面があるだけ。さっぱり分からないから慣れてる白野さんに全部教えてもらってるの。」


どうやら数人が入れる程度の小部屋に、家庭用に毛が生えた程度のカラオケ装置が置かれているようだ。その機械も近所にある系列ホームとの共有で、月の前半はそちら、月の後半はこちらの施設と使い回されているとのこと。ところが、いつでも使えるよりチャンスが限られていることがモチベーションになっているようで、どうやら8月中に操作を覚えようと母の”ヤル気スイッチ”が入ってしまったらしい。


「日曜日は初心者の私と大林さんの二人で予約して、”機械の練習”に行ったの。」


「白野さんも途中から応援に来てくれたから、何とか自分で出来るようになったわよ!」


とりあえず歌いたい歌を自分で入れられるようになったのだそうだ。タッチパネルの感触に馴染めずスマホの入力にも苦労していた母が、カラオケの入力が出来るようになったとは大した進歩!やはり欲望は進歩の源だ。


「歌いたい歌を思い出して毎日曲名をメモしてるのよ。昨日夜中にトイレに起きた時も一曲思い出して書いといた。」


「ただあとのお二人は私より10歳も下だから、歌が結構ちがうのよねー。。。だから、今度一人でやってみようかと思ってるの。そうしたら自由に歌えるし!」


え~! なんと、『ソロカラオケ』デビューを目論んでいる母。こちらの予想を2、3歩こえて早くも楽しみを”自分のもの”にしていたとは恐れ入る。


さて次回のカラオケWeeks、9月後半の活動報告が楽しみ過ぎる。



【ここまでの展開】

「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も決まり、引越しを経ていよいよ母の”新生活”一年目が始まった。

#45 カラオケデビュー!


土曜日恒例の母との電話タイム、お天気やら気温といった一通りのあいさつの後、母がちょっと一息タメをつくってから放った一言に驚いた。
「今日この後、1時からカラオケするの。」


「え? ホームの行事か何か?」
「ううん、歌の上手な人が誘ってくれて、もう一人の人と3人で」


知らなかったが、母が入居している施設内にはカラオケルームがあって、予約して自由に使えるのだという。それにしても、人とツルみたがらない母がほとんどやったこともない「カラオケ」に参加とは。


「前にも話した白野さん。信用のできるとってもいい方なんだけど、ここに来る前はコーラスやってたりお歌が好きなんですって。それでカラオケするからって誘ってくれたの。」


「彼女はシャンソン歌うんですって! パパがいたら喜んだわねー。私は歌わないけど、マスクしたまま一緒に歌うわ。」


いつにも増して弾んだ声、電話の向こうで顔がほころんでいるのが見えるようだ。


カラオケは高齢者のコロナの温床。そんな話が気にならなくもないが、外のボックスやスナックに行くわけじゃなし、高齢者施設として感染予防にも気を使っているだろう。それよりも母にお友達ができて、新しい趣味に挑戦しようというのが素晴らしい。もともと歌うのは好きだし、数独やミステリー以外にも“人と楽しむ趣味”が出来れば何よりだ。


膨らむ期待をひとしきり話し終えると、「じゃ、今あんまり喋っちゃうと声が枯れるから。」とやる気満々の母は、いそいそと電話を切った。


***


翌日妹のミウちゃんと会う予定があったので、早速その話題に。毎週日曜日が「お電話デー」の彼女から昨日の後日談を聞いて、私たちは二度びっくりの大笑いになった。


「滅多にないことなんだけど、今朝ママの方から電話が掛かってきたのよ。それで『今からカラオケに行くから、しばらく電話に出られないと思って~』だって。」
何と、昨日の一時間では足りず、同じメンバーで今日さらに一時間半予約をいれたという。


昨日は「機械の使い方が良くわからなくて」ご堪能いただけなかったらしい。
「ママったらお仲間と相談して、こんど操作方法をスタッフさんに“有料ケアサービス”使ってご指導頂くことにしたんだって。張り切ってたヨー。」だそうだ。


なんという前向きさ! 好奇心!
老嬢3人がカラオケマシンを前に、ああでもない、こうでもないと試行錯誤し、それでも諦めずに使い方の個人指導まで受けようというのだから大したものだ。
ここまでくるとこちらはほとんど ”幼稚園児を持つお母さん” の気持ち。我が母の成長ぶりに感動さえ覚えてしまう。


「今度はママも唄えばいいじゃない!」
「私すっかり音痴になっちゃったから、機械の操作だけでも頑張るわ。」


クモ膜下出血で頭の手術して以来、音程が取りにくくなってイマイチ歌に自信がないそうだ。とは言うものの、彼女がマイクを握る日も遠くはないだろう。これからの母の報告が楽しみでしかたがない。



【ここまでの展開】

「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も決まり、引越しを経ていよいよ母の”新生活”一年目が始まった。


#44 七回忌


今年は父の七回忌。
内々でのささやかな行事とは言え、母にとって「最後のお勤め」くらいの大仕事だったはず。無事務めあげてから故郷N県の高齢者ホームに移るというのが、長く母のプランだった。それがあれよあれよと早めの入居を果たしてしまって以来、すっかりその熱も冷め、年明けあたりから「二人にお任せするかも」と怪しい前振りをするようになった。


法事は東京のお寺なので、母の上京に合せ近くのホテルも早くから予約してある。新幹線で私か妹が迎えに行く相談もしているというのに。


“体調が心配”めいたことも言うが、それらしい不調の気配もない。
「ママったら、あんなに七回忌、七回忌って言ってたくせに、どう見ても“億劫になっちゃった”以外考えられないよねー。」
「コロナで口実が出来て“ラッキー!”って感じじゃない?」
私と妹も半分呆れ顔で母の気まぐれに苦笑している。


まあホームの居心地が良くて東京まで出掛ける気にならないというなら、それはそれで結構なこと。そもそも七回忌に拘っていたのは母で、家族だけで執り行なうなら私と妹の二人でお寺で読経していただけば済むこと。私たちにとってはむしろ母の「出無精」の方が気になるくらいだ。



コロナ自粛で延び延びになっていた法要も、7月父の命日当日にようやく着地した。
母からは前の晩に「あんまり暇だから、コーヒーとバラお供えして“前夜祭”やってるわよ」の電話があったそうだ。加藤登紀子が歌う「百万本のバラ」が好きだった父には、薔薇の花が似合う。


お寺に向かう出掛けに、父の写真に「じゃ、行ってくるねー」と声をかけた。あれ?これからこの人の七回忌に行くんだよね!?
我が家は皆、父がいつもそばにいると思って過ごしている。だからお墓やお寺に行くたびにそんなトンチンカンを言って母や妹と笑い合う。母もきっと父の写真の前で「今頃お経読んでる頃よね」とか“時空を超えた会話”を交わすのだろう。


時々思い出す法要より、いつも一緒にいる父。


母もそんな気持もあって参列にこだわらなかったのかもしれない。仏さんはいつでもどこでも移動可能な「究極のモバイルさん」で、しかも「リモートの達人」。私も家に帰ると「ただいま」と父に挨拶をして、お供物のバームクーヘンのお下がりを一緒に食べた。



【ここまでの展開】


「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを持っていた母がついに行動に出た。気に入った施設も決まり、引越しを経ていよいよ母の”新生活”一年目が始まった。